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臨死体験

「臨死体験」についての真実


臨死体験


世界中の医師たちによると、
心臓停止のうち18%くらいが「生還」しています。
そのうち60%は、何も見ずに生還しているといわれています。

「何かをみた」という臨死体験は、世界で1100万人以上です。


●日本では1000年以上前の文献に臨死体験が記載されている
「往生要集」や「日本霊異記」

●近代日本では、大正12年「財団法人 日本心霊科学協会」
にて、「霊界」や「神霊の存在」を事細かに記録蓄積。
なお、世界的には、イギリスが立ち上げた「心霊研究協会」が世界各国で有識者たちが立ち上げていった背景がある

現代日本でも立花隆氏など多数の臨死体験に関わる本が出版されている

● バージニア大学病院の精神科医、医学博士、哲学博士
レイモンド・A・ムーディ・Jr博士の著『かいまみた死後の世界』(評論社刊)
 150事例と共通点に触れる

● コネチカット大学教授ケネス・リング著『霊界探訪』(三笠書房)

● ワシントン大学小児科学助教授メルヴィン・モース
アメリカン・ヘルス誌の元編集長ポール・ペリー博士
共著『臨死からの帰還』(徳間書店)

● アメリカ心臓学専門家
マイクル・B・セイボム著『「あの世」からの帰還』(日本教文社刊)

●アメリカのエリサベス・キューブラー・ロス医師(1926-2004)
世界2万人以上の臨死体験の症例を収集し、自身も1000人の臨終に立ち会い研究。

「人は死亡しても、生命は依然として存続しており、その意識は不死である」と確信した。


代々からなど徳・使命ある人についての共通点


暗いトンネルのようなところが、霊界と繋がる道のようです。
そのトンネルを出ると、霊界の三途の川があってそれを渡ると
本当に死んでしまい、幽冥所という裁判所のようなところで
一生がスクリーンに映し出され、
生前の罪穢れを裁かれて行き先が決定されるようです。

三途の川を渡らず流されてしまって生還するケースや、
トンネルを抜けるといきなり天国へ突入する人もいます。

生還した人の証言は、地獄に行ったとか、鬼に会ったとか、
地獄的なところや人に会った人は1%もいません。

「光まぶしい世界」すなわち天国に行くと、
自分と関係ある神仏が光となって、出会ったり、
家族親族と出会うことがあります。

帰幽という言葉は、本来いた霊界に帰るという意味であり、
また、その際は霊界で誕生するということになります。
信憑性が高い「小桜姫物語」では、苦しそうな状態の傍で、
多くの霊界人がニコニコと迎えに来ており、
この世の人たちは泣き崩れている様の非常に対照的なことが
霊界にいった小桜姫が語られています。

なお霊界は時間が無いことは多くの文献同様です。

なお、他国では死亡後すぐに埋葬しないところがあります。
生還するということがしばしばあるからで、
ブラジルなど1週間は埋葬しないところもあります。
日本は火葬なですが、生還するならば火葬されるまでに
なされることとなります。


霊魂離脱と「安らぎ感」


  • ベトナムで戦死し生還した男性の霊
    「非常にほっとしました。痛みは全くありませんでしたし、あんなにゆったりした気分になったのは初めてでした。すっかりくつろいで、いい気分でした」
  • 交通事故死し生還した主婦
    「まるで、この世に私をつなぎ止めていた帯が切れたようでした。もう怖いとは思わなくなっていましたし、だいいち肉体の感覚もなくなっていました。周囲で働いている人たち(医師や看護婦)の声や物音は聞こえるんですが、どうでもいいことのように感じました」


  • 霊魂離脱は必須で、生還後の実証はたくさん!
  • 事実検証例①1969年
    フィンランド政府の地域医療部長 高名なルーカネン・ギルデさん
    「手術中のことでした。突然わたしは肉体を抜け出し、天井のあたりから手術の様子を見ていました。すると担当の医者が、メスを持ち上げ、静脈のかわりに、間違って動脈を切ろうとしていたのです。私はあわてて、
    『そこは切っちゃダメ!』
    と叫んだのですが、その医者には聞こえませんでした。彼はそのまま動脈を切ってしまい、血が天井まで吹きだしたんです。その後、私は『トンネル』を通り、光の世界に入りました。
     手術後、目が覚めた私は、自分の見たことを担当医に話しました。でも彼は、『動脈を切った』とは言わず、「出血が多かったから幻覚を見たんだろう]と言いました。
     そこで私は、医師の特権を利用して自分のカルテを見てみたんです。そこには、誤って動脈を切ったことが記されていました
    以後、同医師は、「魂の存在」や「死後の世界」を信じるようになり、「死への恐怖感がなくなった」と言っています。そうして、臨死体験の研究者の一人になったのです。
  • 事実検証例①において、立花隆氏とギルデ医師の質疑
    立花隆氏
    「その天井から手術を見ているときの見え方なんですが、どんな風に見えるんですか。我々がいまこうして普通に何かを見ているときの見え方とどこかちがいがありますか。」
    キルデ医師
    「ちがいは全くありません。」
    「いまこうして外界を見ているのと全く同じです。」
    「どこかばんやりしているとか、かすみがかったようになっているといったことはありません。」
    「手術の立会人として、その場にいて見ているのと変わりがありませんでした。」
    「視野はすみずみまでクリアでした。」
    立花隆氏
    「時間的にはどのくらい持続していたんですか。体外離脱、トンネル、光、真珠の場面など、それはどれくらい続いたんですか。」
    キルデ医師
    「体験中は時間の感覚というのが全然ありません。」
    「長時間でもなく、短時間でもない。」
    「要するに時間というものがないんです。」
    「永遠というか、永遠に今が続いているというか。」
    「とにかく時間という次元がないんです。時間という概念が消えてなくなってしまっている。ですから、時間というのは、人間が作ったものなのではないかという気がしました。」
    「完全に鮮明です。」
    「思考も感性もいまこうしているのと同じようにクリアです。」
    「こんな風に考えてくれればいいのです。いま着ている服を脱いで、裸になったとしますね。意識レベルに異常をきたしますか。服を脱ぐ前と脱いだ後で意識は何も変わらないでしょう。」
    「それと同じです。」
    肉体というのは、我々がこの世で着用している衣服のようなものなのです。」
    「予備知識なんて全くありません。だいたいそのころ、臨死体験について書かれた文献なんて何もなかったし、臨死体験ということばすらなかったんです。」
    「ヨーロッパで臨死体験が広く知られるようになったのは、アメリカのムーディ博士の本が翻訳されてからなんですが、あれが出たのが1975年です。」
    「1969年ころといったら、誰も知らなかったんです。だから私の頭がおかしくなったと皆に思われても仕方がないところでした。」


  • 事実検証例②
    マイクル・B・セイボム博士は、心臓発作による心停止に至った53歳の男性と以下質疑をした。
    セイボム「下を見おろされた時ですが、細かいことで何かごらんになったことはありますか。
    患者「ええ、何でも見えましたよ。誰かの動脈が破裂してその血が壁に飛び散って、それを誰も拭き取らず、しみになったのとかですね」。
    セイボム「ご自分の顔はごらんになれましたか」
    患者「顔が横向きになっていたので、顔の右側や右耳が見えました」。
    セイボム「(蘇生のために)電気ショックをかけられたときのことは、見えましたか」
    患者「電圧が高すぎるように思いました。私の体が手術台から五、六〇センチも飛び上がったんですよ。そのあと、二回目にショックをかけられる前に、私は体に戻りました
    セイボム「その時自分のいた場所から、モニターをごらんになりましたか」。
    患者「はい、オシロスコープみたいでした。薄い白い線が、ちょっと細かく振れている線が、下の方にさがってきました。細かく振れて見えましたけど、ほとんど直線のようになってたみたいです。心臓カテーテルをとった診察室のモニターみたいに大きいものじゃありませんでしたね。八インチくらいしかなかったんですよ。画面はいつまでも同じ線が出ていましたね。・・・・」
    同博士は、手術室にいた医師とともに証言を検討した。カルテと酷似にしていたが、実は、カルテに書いていなかった心臓への薬注入も言い当てていたのです。


  • 事実検証例③
    出産後、卒倒し亡くなった25歳の女性は以下語りました。
    「ベッド脇の床に倒れている自分の姿が見えました。細かいことまでよく覚えています。たとえば、私のガウンはウェストのあたりまでずり上がっていて、看護婦さんがそれを引き下げようとしていました。酸素吸入用の管がなかったので、男子職員の方が酸素タンクを病室に引きずってきました。
     看護婦さんが、『先生を呼んで、旦那さんに連絡して、牧師さんを呼んで』といったことを叫んでいるのが聞こえます。そのとき初めて、自分が体から抜け出していることに気がついたんです。
     私はふわふわ漂いながらベッドに近づいていき、自分の姿を見おろしました。・・・・自分の体を見、濡れた髪の毛が枕に張りついているのも見ました。目は閉じていて、唇は青くなっています。でも私はそこにはいなかった。天井の近くまで浮き上がっていたんです。
     耳が異常に鋭くなっていました。同じ階の患者さんたちの声が聞こえ、姿も見えました。廊下をはさんで向かいの病室に入っている患者さんが、私の病室の騒音のことで看護婦さんに苦情を言っています。
     廊下の奥にある看護婦詰め所のデスクに、一人のお医者さんが近づいてゆくのが見えました。私が子どもの頃からお世話になっていた先生でした。看護婦さんが事情を話すと、先生は、
    『彼女のお母さんには私から電話しよう』
     とおっしゃいました。実際にそうしてくださっていたことが、あとでわかりました」


  • 事例内科医の毛利さん(元 名古屋市医師会長)
    「68 才の時に患者を診察中に、急に口がうまく動かせなくなりました。変だと思ったらカルテを書くペンを落として、そこで意識を失いました。
     次に気が付くと自分は雲にでも乗っているような気がしました。下を見るともう1人の自分が台の上に寝ていて、回りに医師や看護婦が取り囲んでいました。女房の姿も見えたので、どうやら自分が入院したらしいことが分かりましたが、後で考えると自分の体内から別の自分が抜け出るという 体外離脱 をしたように感じました。その内に周囲が暗くなると、今度は自分の人生のいろいろな場面が カラー写真のように写し出されました
     これで死ぬのかと思いましたが、その時はなんとも言えない、 ゆったりした気分になりました。
    あのまま死ぬのであれば、死ぬことはとても楽なことだと思いましたが、意識不明になった原因は脳血栓でした。」


 離脱後、霊界へつながる暗い道 OR 三途の川


  暗いトンネルの途中で帰還する場合と、
  トンネルを抜けて霊界に行き帰還する場合があります。
  様々な文献を総合すると、
  西洋の霊界はヨコ、平面なのでそのようなトンネル
  日本の霊界はタテなのでトンネルが上昇していくと考えられます。


  • 直木賞授賞の水上勉さん(心筋梗で塞3日間昏睡状態)
    「とにかく目の前に真っ黒に近い深い川(三途の川)が流れていて、水面にはところどころ光が当たっていました。後ろから 30年近く前に死んだはずの父親に似た声がして、そこは冥土だから気をつけろと忠告されている気がしたとたんに、足下を流れる水に気付きました。そこには去年死んだ飼犬の 「草太郎 」に似た犬がいて 、崖をよじ登ろうとしていましたが、やがて川に落ちて流されて行きました。私も 一緒に川面に落ちましたが、沈まずに浮いたまま川下に流されました
     ようやく岸にたどり着くとそこには先にはい上がった犬がいましたが、そのまま犬と別れわかれになって、ずぶ濡れの身体をどこで干したのか覚えていませんでした。さらりとした格好でこの世に戻りましたが、どこに'こ'の世とあの世の境界があったのかも見てきませんでした。暗いトンネル''を潜って戻ってきたような気はするけれども、冥土は暗くもあり、明るくもありました。
  • 落雷を受けた米国南部の自動車商
     「嵐が来そうだというのに、ゴルフをしていたんです。そのとき、ものすごい衝撃を受けて、雷に打たれたんです。しばらく体の上に浮かんでいたのですが、やがてトンネルに吸い込まれてゆくのを感じました。
     まわりの様子は何も見えなかったけれど、すごい速さで進んで行くのがわかりました。私は間違いなく、トンネルの中にいたんです。出口の光がどんどん大きくなってくるのが見えたので、わかったんですが」
  • 交通事故した女性
    「自分がトンネルの中にいるのに気がつきました・・同心円のトンネルです。あの体験をしてからまもなく、『タイムトンネル』というテレビ番組を見ました。らせん状のトンネルを通って、人間が過去の時代へさかのぼっていくのです。そうですね、思いつく限りでは『タイムトンネル』が一番似ています」


  • 「三途の川」にいく人(渡ればたいてい「死」)
  • 結核性の高熱で死亡した日本人男性
    「"ここはどこだ? どっかすごく遠い所へ来たな"って感じでした。あたりはすごく荒れ果てたような感じのところで・・・・だあれもいないんですね。ぼくはそこに・・立っていたのか浮かんでいたのか・・ともかく、いた。そしてぼくの前には、大きな川があった。・・・・色のない、すごい川でした。
     しかも、川には橋がかかっていた。大きな木の橋みたいでしたが、これはそう思っただけで、さわって見たわけじゃないからわからない・・・・。しかし、なにしろ、はっきり橋と川だと感じた。
     で、向こう岸には・・ぼくはジッと見てたつもりですが・・なんにもなかった。真っ暗いような感じでしたが、夜の景色というんでもない・・・・まあ虚無とでもいったらいいか、ものすごい空虚なところが、ずっと広がっていた」
  • 日本人女性
    三途の川かもしれない。渡って、振り向いたら、(生きている)娘がいた。手で招いたら帰ってきた
  • 加藤茶
    病気で死にかかったとき、気がつくと河原で石を積んでいる場所に来てしまった。ふと前を見ると、亡くなったいかりや長介がいる。「これはまずい!」とその場から逃げ出したら、蘇生した。




暗い道の出先に「天国世界」


  その人の徳に応じた世界で、「神は光なり」の世界です

Namaqualand wild flowers


  • H元年心筋梗塞で倒れた芸能レポーター前田忠明さん
    「焼け火箸で胸を突かれたようなものすごい痛みを感じました。救急車に乗せられ病院に向かう途中までは意識がありましたが、その後意識を失いました。病院に着き電気ショックを何度も与えられて、鼓動が回復するまで私の心臓は停止していたそうです。ずーっと暗い中にいたのが、突然遠くにポッと小さな明かりが見えてきました。
     そちらに向かって自分がどんどん近づいて行くみたいでした。まるで車に乗って長いトンネルの中を行くみたいでした。それと共に明るい光もぐんぐん大きくなっていきました。そして急に暗い部屋からまるでドアが開いたみたいに、パーッと明るい光の世界が訪れました。それが素晴らしいのなんの、本当にきれいな世界なのです。それと共にえも言われぬ良い気分になりました。
     心の真の底から満足しきった感じで、自分の人生であんな気持ちが良かったことは、他にありませんでした。その後友人から禅宗の本を借りて読むうちに、 死ぬときは死ぬがよし とありましたが、なるほどこのことかと思うようになりました。あれ以来死の恐怖がなくなり、いろんな現世の生臭い欲望が消えて行きました。


  • 心臓病で死亡した日本人女性
    「果てしなく真っ暗なところを、上へ上へと昇っていくと、ぱっとまぶしいほど明るい世界へ飛び込んだのです。私は小高い丘に立っていました。じつに青々とした草原が広がっていました。
     羊や馬がたくさんいます。背の低い潅木がところどころに立って、きれいな風景です。空もまぶしいほど明るく、気持ちのいい天気です」


  • 心筋梗塞で死亡した男性
    「私はそのトンネルを通り抜けたようでした。突然私は別の場所にいたのです。一面金色に輝いて、とてもきれいでした。どこから光がくるのかわかりませんでしたが、光はあらゆるところにありました。音楽も聞こえました。小川がせせらぎ、草や木や丘もある田園の中にいるようでした」


  • 高熱を出した9歳の児童
    「私は、誰かに助けられてトンネルを昇って行きました。出口に着くと、目の前にきれいな風景が広がっていました。見渡す限り花いっぱいの野原で、右手にはきれいな道が延び、木々は根元から幹の中程まで白く塗られていました。
     それから白い柵が見えました。何とも言えずきれいな眺めでした。右手を見ると、遠くに牧場があって、これまで見たこともないような見事な馬が何頭もいるんです」


  • ある女性
    「遠くに町が見えました。そこには建物は一つずつ離れて建っていて、明るく輝いているのです。人々は幸福で、泡立つ水や噴水があって、光の都とでも呼びたいような、素晴らしい光景でした。
     美しい音楽も流れ、あらゆるものが輝いて・・・・美しく、もし私がこの町に足を踏み入れていたら、決して帰ってこなかっただろうと思います。そう言われたのです。・・・・私の決心次第でした」


  • 手術中に死亡した52歳日本人会社員
    暗いところを通り抜けたと思ったら、大きな宮殿みたいな建物があったな。ああいう美しい建物は、この世にはないですね。ぼくはそこへ歩いて行った。バラが咲き乱れたような道で、いい気持ちでした。だけど、そこへ行く前に目が覚めてね(蘇生)。まわりで家族が覗きこんでいた」。


  • 幻覚か?検証
    脳の側頭葉に刺激を与えるときに生じる幻覚に似ているという方もいますが、セイボム博士の研究によると、
    側頭葉の刺激による幻覚とは必ずしも一致しないことがわかっていることに加え、
    霊魂離脱は幻覚ではないこと、
    を考え合わすと、幻覚であると断定できない。




自分の家族親族などと会う


  • 多臓器不全の福岡県男性
    「そのとき、わたしの目の前には、沼か川のようなものが広がっていたのです。あたりには、一面に淡いピンク色の花が咲き乱れていました。おそらく、蓮の花じゃなかったか、と思います。
     まわりには霧がたちこめていて、はるかかなたに亡くなった祖母の顔だけがはっきり見えるのです。わたしは祖母の方へ行こうとしました。すると祖母の声がはっきり聞こえてきました。『まだ、こちらに来ちゃダメだ。向こうに帰りなさい』みたいなことを、大声で叫んでいたのです」


  • 東京都板橋区の岡ふさえさん (昭和28年当時、22歳の臨死体験
    当時 バスガイドをしていた岡さんは、体調を崩していたのでしばらく事務の仕事をしていました。ある日、急に腹痛になり床を転げまわるほどの痛みになりましたが、あとで分かったことは手遅れの腸捻転でした。病院に運ばれすぐに手術になりましたが、それから 4日間意識不明でした。
     初めは髪の毛を誰かにつかまれて、暗い底の無い井戸のような場所に グイグイ引きずり込まれるような気がしました。井戸か トンネルか分かりませんが下へ引っ張られる感じで、いくらもがいても暗い方へと引っ張られて行きました。その内に急にふわっと体が軽くなり、暗闇の世界から浮かび上がりました。すると広くてすごく明るい所に出ました。銀色の キラキラの向こうが全部花でした。七色の花がいっぱいに咲いていて、見渡す限り花でした。
     その花の所に行こうと思いましたが、なかなか行けませんでした。花畑には チョウチョウや鳥やいろいろなものが飛んでいました。遠くて顔はわかりませんが、3人の人がこっちへ来いとでもいうように手を振っていました。どうやらその中の 1人は私が12 才の時に亡くなったお婆ちゃんのような気がするし、そうでないかも知れません。行こうとすると誰かに足をつかまれて、引き戻されました
     あとで母に聞いたら母や親戚のおばさんが、私の足をつかんで揺すったらしいのです。
  • ある女性
    「真っ暗なトンネルに入って、そして明るい光の中に出ました。私のそばに死んだ祖父母と父と兄がいて、美しく輝く光が私たちをとり囲んでいました。説明できないような色、この世にはないような色の光でした。人もいました。幸せそうで、三々五々集まっている人もいましたし、学んでいる人もいました。・・・・」
  • 心停止した10歳少年
    「トンネルを出ると、たくさんの人が待っていた。みんな、ランプみたいに内側から光っていた。あの場所は、全体がそんなふうに光っているんだ。あそこにあるものは全部、光がいっぱいに詰まっているみたいだった。知らない人ばかりだったけれど、みんなぼくのことが大好きだったみたい」



光の生命体や、縁ある宗教者と出会い


さまざまな文献を総合すると、
自分と関係ある神仏が光を放って光に埋もれて見えない場合や、
神格者などが光で姿を見えなくしている場合、光ばかりとなります。
また高貴な神になるほど、光強く、じっとしているときは、
魂のように、丸く光を放っています。

子供は、西洋では天使と会うことも少なくないが、
子供と天使の関係は、子供は罪穢れ少なく、
また代々の贖罪での死の場合、天使となり役を担います。



米国のエリサベス・キューブラー・ロス医師(1926-2004)

千人近くの臨終に付き添い、世界2万人以上の臨死体験の症例を収集し、自身も1000人の臨終に立ち会って研究した。

「人は死亡しても、生命は依然として存続しており、その意識は不死である」と確信されました。

「孤独に死んだ人はおらず、通常最も好きな人が迎えに来る。或いは自分が信仰しているイエス、聖母マリア、阿弥陀仏などが迎えに来る」


  • 爆弾で臨死体験した日本人男性
    「大きな音と衝撃を感じたとたん、意識を失いました。しばらくすると真っ暗の中に灯りが見えて、それがどんどん明るくなってきました。周囲を見ると花園のそばにいました。赤、白、黄色のきれいな花が咲く花園の真ん中に、手招きをする人がいました。白い着物を着たお坊さんでした。そこへ行こうとすると、足下が底なし沼のように変わってしまい歩けません。ところが数人の若い女性たちが スイスイと、 沼の上を歩いて渡って行くのが見えました 。自分も渡ろうとしましたがどうしても渡れずにいたところ、大きな ショックを体に感じて花園が消えました。
    それは救助の人達が爆弾により崩れた防空壕の中で生き埋めになった私を助け出す際に、スコップが私の体に当たったので気が付いたのでした。後で聞いた話によれば防空壕の中で数人の女学生(女子高生)が死亡したとのことですが、私が見た「底なし沼」の上を歩いて行った人達に違いないと思いました。」


  • 心筋梗塞で死んだ中年男性
    「突然私は、別の場所にいたのです。一面金色に輝いて、とてもきれいでした。・・・・人もいました。もちろん、人も私たちが思っている形をしているわけではありません」


  • 子供のころに臨死体験をした中年女性
    「庭を見渡しているとき、その人に気づいたんです。その庭はびっくりするほどきれいでしたけど、その人の前では色あせて見えました。私はその人に完全に愛されており、完全に守られていると感じました。あれほど深い喜びを感じたことはありません。何年も前のことですが、今でもあのときの感情を思い出すことができます」


  • ある人
    「(光の生命体から)『おまえはわたしを愛しているか?』という考えがわたしの心に伝わってきました。はっきりと質問の形をとっていたわけではありませんが、わたしは光が、『もしわたしを愛しているのなら、戻って自分の生涯で手がけたことを完成させなさい』という意味で言ったのだと推測しました。この間ずっとわたしは、深く強い慈愛に包まれているような気持ちがしたものです」


  • ある人
    「あの光が私に語りかけたその時から、私はとても良い気分になったのです。安全で愛されている感じです。あの光から流れ出す愛は、想像を絶するもので、説明のしようがありません。同席するのが楽しい人でした!おまけにユーモアのセンスもあるのです・・ほんとうですよ!」


  • 9歳で高熱を出して"死んだ"女性
    「私はそちらに向かって歩きだしました。しばらくすると、すぐそばに白い光のようなものがいるのを感じました。親しげで、ちっとも怖くはありませんでした。その光が『どこへ行くの?』と聞くので、『あっちに行くのよ』と答えると、『それはすごいな。じゃ、いっしょに行こう』と言うんです。見たこともない花がたくさん咲いていました。私はその光に花の名前を聞いたり、花を摘んだりしながら歩いて行きました」


自分の人生映像をみさされ反省させられる


  • 神仏に、生涯の回顧をさせられる場合が多い


様々な文献を総合的にとらえると、
日本では、閻魔大王のいる冥庁にいくと役人たちもいて、
全生涯を大勢の人の前で映像化、行き先を判決されます。

なお、霊となっているので霊能力も(いわば使っていない脳細胞)
発揮され、感受性も強くなります。
霊的五感によって、非常なスピードでみささされるのが常のようです。


  • 23歳のときに臨死経験した女性
    「その光の存在は私を包み込み、私の人生を見せてくれました。これまでしてきたことをすべて見て、反省するわけです。中には見たくないこともありますけど、みんな終わったことだと思えば、かえってほっとします。
     とくによく覚えているのは、子どものころに、妹のイースター・バスケットを横取りしてしまったことです。その中のおもちゃが欲しかったものですから。でも、あの回顧のときには、妹の失望やくやしさを自分のことのように感じました。私が傷つけていたのは私自身であり、喜ばせてあげていたのも、やはり私自身だったのです」


  • ある人
    「そのときフラッシュバック(生涯の回顧)が始まったのです。・・・・(回顧をしているとき)あの光は時々コメントを加えました。・・・・私の生涯におけるいくつかの出来事を回顧させ、わたしが思い出さずにはいられないように目の前に提示してくれたのです。その間ずっと、あの光は愛の重要性を強調していました。・・・・
     あの光は、他人のために何かを行なうように、最善を尽くすように務めなさいと指摘しました。・・・・また、知識に関することにも強い関心を寄せているようでした。
     あなたはこれからも勉強を続けることになる・・・・(このころまでにあの光は私に、あなたは現世に戻っていくことになると言っていたのです)、常に知識の追求を行なわなければならないと言いました」


  • ある人
    「あらゆることが同時に浮かび上がったのです。母親のことや、自分が犯した過ちについて考えました。・・・・あんなことをしなければよかったと思ったし、戻って償いをしたいと思いました」


  • ある人
    「やり終えることができずに残念に思うこともありました。このフラッシュバックは、心象の形をとっていたといえるかと思いますが、いわゆる普通のものよりもずっと鮮明でした。
     わたしは主な出来事をみただけなのですが、すべてが大変な速度で浮かび上がってくるので、数秒で自分の一生をすっかり見てしまったように思えました。・・・・しかしその映像を充分見ることも、理解することもできました。・・・・
     この体験をしている間ずっと、力強く愛に満ちた生命が、私のすぐそばにいることがはっきり感じられました」




生還を告げられる


  • 神仏から、生還を告げられる
    • ベトナム戦争中に"死んだ"ある軍曹
      「『神様、私は死にたくありません』と頭の中で叫んでいました。すると私の頭の中に『大丈夫だ』という声が聞こえてきたのです。『お前はまだ死なない。ここにはまだ来なくてよい』と私に話し聞かせていました。
       次の瞬間、意識を回復すると、私のまわりを囲んで泣いている仲間たちが見えました。その一人が驚いて、『君は死んでいたはずなのに!』と言ったのです」
    • 幼少時に臨死体験をした女性
      「8つのとき、プールで溺れかけたことがあるんです。底なしの真っ暗な穴に落ち込んだようでした。すると突然、明るい光が現われて、とても安らかな気持ちになったんです。その光と話をして、このまま光の中にとどまりたいと言い張りました。でも、あなたにはやらなければならないことがある、と言われました。そして、私はこの世に戻ってきたんです」
    • ある心臓病専門医は
      「その人(光の生命体)は私に、あなたは帰らなければならない、あなたにはまだやらなければならないことがあるから、と言うんです。やがて、私は吸い込まれるように肉体に戻ってゆきました。・・・・気がつくと、私は横たわって、手に(蘇生のための電気ショック用の)電極を持った医師を見上げていました」


  • 家族親族などから、生還を告げられる
    • ある女性
      「霧の向こうから叔父のカールが現われました。叔父は何年も前に死んでいました。叔父は私の行く手をさえぎり、『戻るんだ。現世でのおまえの仕事はまだ完成していない。戻りなさい。すぐに』と言いました。
       私は戻りたくなかったけれど、どうしようもありませんでした。あっという間に、私は自分の物理的肉体の中に戻っていました。・・・・そして私の小さな息子が『神様、お母さんを返してください」と泣き叫んでいる声が聞こえたのです」




「地獄」にいった人たちの、生還


臨死体験研究者の※モーリス・ローリングズ医師の著書によると、
地獄にいき生還した方たちも増加傾向にあるようです。
さらに、殺人者も光をみて生還した事例があります。

このことから、多く光をみたとされる事例については、
イエスに出会った以外は、サタンの光であるという見方をしています。
生還し、やはり身体的痛苦が続いていくことは、イエスに会って救われていなからだと考えてもいます。

しかしイエスは「贖罪主」で、唯一の神ではありません。
天の父すなわち、創造主はそうと言えます。
「光」とは、神格者および種々の神様なら放っている光であり、
また天国界は光の世界なのでその光といえます。

これらについて、さまざまな文献から総合して考えますと、
''霊魂離脱(対外離脱)というのは、肉体が生命維持不能となった際
に起きます''。
最初、霊魂離脱というのは、肉体から霊体が離脱していきますが、
一気にではなく、線とつながっており、一番太いヘソの緒で
繋がっている線が切れると絶命するとされております。
肉体と霊体がしっかり繋がっている間に、向精神薬や覚せい剤等で
みる「幻覚」とは全く異なるものです。

「幻覚」とは、霊視できる多数の人によると、
いわば低酸素状態や強い薬物中毒状態において
「動物霊」に前頭部など頭部を支配され
動物霊が霊を肉体で感受できるように視覚化(物質化)させます。

動物霊界もピラミッド構造となっており、
さらに狐霊界などが存在します。狐霊界のトップは伏見稲荷です。
人間をからかったり堕落させたり命を取るのを手柄としています。
高級ほど知能的で、低級ほどすぐバレる残虐性手法をとります。

動物霊同士が会話しているのを視覚化させたり、
動物霊と自分が会話していることも多く、これが幻覚幻聴です。
「幻聴」は、その人の身体に耳をつけて聞くことが出来ますが、
これは物質化して内耳に直接響かせるからです。

肉体と霊体と魂についての仕組みに触れます。
霊体が包んでいるのが現魂となっております。
霊界には幽魂と幽体が存在して、現魂と霊体と繋がっております。

そうして、人はそれぞれ神様の分霊といもいうべき魂を
もっており、霊界は181段の階級層となっていて、
上は天国、下は地獄という構成になっていて、どこかに属しています。

臨死体験とは、霊的に自分の属している世界を見させられることが多くなってきたということではないでしょうか。

地獄の霊的体験したことで、良い人生を歩むキッカケとなった人もいて、ある意味「改心せよ」という特別なお計らいがある場合もあったり、さまざまなケースがあるものと考えます。

そうして、代々からの徳や使命があった場合は、天国へいき諭されたり、あるいは自ら人生観をかえるキッカケとなっているものと考えます。

また、延命医療など無理やり生存させるために起きていることもあり、さらに悪魔も「悪の光」をもっているために、光の演出も考えられます

要は、分類する上では、さまざまな憶測があり、
キチンとした霊的検証にもとづく知識を基本として、
西洋と日本ともわけて、考えていかなければならない問題かと考えます。


※モーリス・ローリングズ医師
アメリカ・テネシー州の診断センターの心臓血管専門医であり、
テネシー大学医学部の准教授でもあり、
臨死体験に関する著書は多数ある。

ドイツ第九十七総合病院の心臓病学のチーフや、
アメリカ国防総省統合参謀本部の医師、
アイゼンハウワーの担当医などの経歴がある。


モーリス・ローリングズ医師

私が臨死体験というテーマを研究するようになってわかったのは、私たちがなんとか回復させた最初の二百の事例のうち、およそ十八パーセントは「地獄」の事例であり、そのパーセンテージは、それ以後、多くなっているということです。現在は、さらに多くの人々が情報を収集しており、地獄を体験した事例として報告されているものは今や三十六パーセントになっており、五十パーセントに近づいています。
 地獄の出来事を体験した多くの人々は、その恐怖ゆえに、自分の意識からそれを事実上遮断しています。思い起こされた時、地獄の炎のことで悲鳴を上げることもあります。
 ヒューストンのある映画俳優の体験について私は知っています。彼の大動脈弁(心臓弁)を治療していた時、彼は地獄についての体験をしました。彼は自分の周囲がすべて炎であるのを見、ある黒い姿が近づいて来るのを見ました。
 彼女は彼に、いっしょに加わるようにと手招きしました。彼が彼女にだれですかと尋ねると、彼女は、「私は死の使いから送られた者だ」と言いました。彼女は地獄の広間にいました。彼は、自分は彼女について行くつもりはないと言いました。この出来事で、彼の生活がすべて一変しました。
 地獄についての臨死体験をした大ぜいの人が火の池を見ている一方で、暗闇だけ見ている人々もいます。
 その後者の一人は、大学でフットボールを観戦していた医師でした。目を見張らせる走りで彼はとても興奮し、ばったり倒れて死にました。そのスタジアムのかかりつけの救急隊員が彼の手当をしました。
 彼は「死んで」いた間、「私は地獄の中にいる!」と悲鳴を上げ続けました。彼の妻がベッドのそばでひざまずき、彼がそこから抜け出せるよう祈っていました。この体験が文字通り、「恐怖で彼を地獄から抜け出させた」ため、彼はクリスチャンになりました。


 ある駐車場で二人の人を殺した男が捕まり、胸に三発の銃弾を受けました。それから、彼はこの「すばらしい」光の体験をしたのです。
 しかし、蘇生した後、彼は私に、「神は忘れっぽい神なのかね?」と尋ねたのです。というのも、その光の使いはそもそも神の御使いではなかったからです。この男自身が、自分の体験としてふさわしいことであることを疑ったのです。






特殊事例


  • 元プロレスラーで元参議院議員の大仁田厚さん
    咽頭炎→急性肺炎→急性腎不全→敗血症→1週間近く意識不明
    「仲間達と スナックのような所に行き酒を飲んでいると、トイレに行きたくなりました。裏口の戸を開けると道の向こうに川が流れていて、屋形船がありました。なんとなく船に乗りたくなり乗ると、途端に情景が変わりました。N H K の カメラ ・ クルーと 一緒に、外国の草原地帯にいるのです。そこで通訳を介して ロシア人農婦に インタービューをしました。草原の季節が秋の終わりで緑は無く、枯れて茶色になっていました。
     その後も場面が変わり黄色のお花畑になったり、雪山になったりしましたが、そこでに出遭ったのです。グリズリーのような大きな熊が立ち上がってかかってきました。それに向かって突っ込んで行ったら、バーンと殴られました。痛いと思った瞬間に目が覚めました。」
    臨死体験で人生観が変わりました。私の学歴は中学しか出ていなくて、漢字もろくに書けない人間なのです。それでも人生を切り開いていけるんだということを自分の生きざまで示してきたから、地方の高校生などが徹夜してでも私の試合を見に来てくれたんです。その人達の為にも危険なプロレスのデス・マッチを止めにして、テレビのレポーターとして生き抜くことを決心したのです。ジャイアント馬場など六十才を過ぎても現役でリングに上がっているレスラーがいるのに、三十八才という若すぎる引退は、臨死体験がきっかけでした。」

霊界は、天国、中有界、地獄と分けると、
この世に相当するとされている中有界といわれているが、
アチコチの界にいったケースであろうと思われます。
守護神による仕組みか、自身の不屈の精神によるものかもしれません。


  • アメリカのセントルイスに居住していた財閥の長老が急死されましたが、遺書は見つからず。遺産は莫大ゆえ、相続問題で大混乱が起きている最中、孫の30歳女性が交通事故で危篤状態となりました。
     女性は暗いトンネルを抜け、光溢れる世界に入っていきました。そこにはその長老がいて、 「お前達は、引き出しの聖書を読まんのか! 」と怒鳴りました。
     生還して遺族に告げるとともに、長老が示した引き出しをみてみると、中を見てみると、確かに聖書があって、そのなかに遺書が挟まれていたのです。そうして相続問題は解決したのですが、あまりの子孫の醜さに、自分の遺したもののために死人まで出て、気が気でならなかったかもしれません。あるいは、気付かそうとしてそうした事故が起こる予定に便乗した仕組みであったかもしれません。




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