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No,366

vol.365   「インフルエンザは怖くない!?」 難易度:中



1918年(大正7年) 翌年まで「スペイン風邪」大流行(第一次大戦中)

アメリカで発症。スペインも流行した際、スペインは中立国だったので情報統制がなかったので世界に発信、情報発信元のスペインの名前が病名にされた。

インフルエンザのことを当時「流行性感冒」といった。現代ではインフルエンザは「季節性インフルエンザ」と「新型インフルエンザ」に分けられる。インフルエンザと「感冒(感冒)」の違いは、インフルエンザは発熱激しく脳症や肺炎という重症化しやすい点である。
スペイン風邪のウイルスは、低病原性であるインフルエンザA型(N1H1)であり、当時にとっての「新型インフルエンザ」である。

スペイン風邪は、感染防止した街は死亡者が少なかった。セントルイスは最初の死者を出した瞬間、市長が非常事態宣言を出し、学校を含む全ての人混みを閉鎖し、結果、死者は少なかった。
一方世界的には、1918年~1919年に世界人口18億人のうち6億人が感染し、世界中で3人に1人が感染したが、サイトカインストームでおよそ4000万人~5000万人が死亡した。
死亡者は発展途上国に多く先進国のアメリカ、日本では各約50万人の死亡数であった。日本では、1917年に軽度のインフルエンザが流行していた。スペイン風邪は、1918年夏に横須賀基地から神奈川、東京へと感染発病したのが第一回目で死亡者はわずかであったが、11月の2回目と、飛んで1920年1月の3回目で、合計約50万人が死亡した。死亡数ピーク時には最初感染した地域の神奈川、東京では死亡数最少数であり、都道府県によって10倍差があった。
こうして第一次世界大戦の戦死より死亡数が多かったため、終戦の原因となった。
先進国でも感染が都市全体に蔓延したために壊滅的な都市もあった。フィラデルフィアは軍の町で、当時は第一次世界大戦の戦勝に沸き、スペイン風邪の流行にもかかわらずパレードが盛んに行われていたため一気に感染が爆発し、最大1週間で5,000人以上が死亡し人口は激減、都市は壊滅した。

歴史上最も大規模であったが、その死亡の原因は、専門家ほど分かっていたのであるが、多くの国民はその調査研究を知ることなく、以後「インフルエンザ・パンデミック」が120年間絶え間なく流行したが、非難はインフルエンザ菌に向けられて、「インフルエンザ菌は怖い」ということが「常識」となってしまった。そのため、「予防」のために「インフルエンザワクチン」が開発され、日本では1948年予防接種法が制定、強制接種されていくこととなる。

そこで、インフルエンザの恐怖を世界に植え付けたスペイン風邪の実態について目を向けてみよう。

感染者のほとんどは重症化せずに数日間の激しい症状のあとに自然回復した。実は、重症化した者は、サイトカインストーム(免疫異常)によって生じる病変に一致している。病変は全身出血、脳症、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を生じ、通常の肺炎とは極めて異なる場合が多かったとされている。
現代、科学技術振興機構の動物実験で、スペイン風邪は、サイトカインストームになりインターロイキン、インターフェロンともに増加していることが判明した。とくに肺でのインターロイキンが異常増加し、ひいては炎症性細胞の好中球も増加し、肺臓に好中球および好中球死骸急増し呼吸困難をともなう死亡となることがわかっている。

(医療ジャーナリスト:サイトカインストームで膿の発熱溶解が激しくなるとともにウイスルも急増するが、ウイルスが食べるのが追いつかないほどの毒の質量があったり、食べカス排泄が追いつかないために、肺臓内に溶解した膿と食べカスが呼吸困難を引き起こす。現代でも死亡者は、サイトカインストームによって季節インフルで脳症発症し死亡しているが、これは新型インフル死亡者よりも多い。新型、季節性という区分けよりも、サイトカインストームとなるほどの抵抗力の低下をさせる薬物を問題視すべきである。)

なぜ死亡に至るほどのサイトカインストームが生じたのかは専門家によると大きく2説あるが、いずれも「医薬品」によるもの(医原病)である。


 なぜインフルでサイトカインストームが生じるか?


① 予防接種が原因

医学史研究家はこの流行は広範囲で実施された予防接種が唯一の原因であった、というあまり認めたくない結論に最終的に到達した。当時は第一次大戦の真っ最中であったが、この戦争はすべての兵士が強制的に予防接種を受けた初めての戦争であった。ボストン・ヘラルド誌が報じたところによると、1ケ月間に47人の兵士が予防接種のために亡くなった。そのため陸軍病院は戦闘で負傷した犠牲者ではなく、予防接種の犠牲者でいっぱいになってしまった。このインフルエンザの大流行は「スペイン風邪」と呼ばれたが、これは流行の原因を故意に隠すための誤った呼び名である。この風邪による死亡者数は2000万人にのぼった。生き残ったのは以前に予防接種を拒否して受けなかった者たちであった。予防接種の危険性はすでによく知られている。たとえば、プレイン・トーク誌はこう述べている。「普仏(ドイツ北部からポーランド地域を統治していたプロセインと、フランス)戦争のあいだ、ドイツ軍兵士全員が予防接種を受けた。その結果、壮健な5万3288人の兵士が天然痘にかかり、死亡率も高かった


② アスピリン(アセチルサリチル酸)が原因

スペイン風邪の原因が状況証拠として考えられるのが非ステロイド系(NSAIDs)解熱鎮痛剤アスピリンによるサイトカインストームである。アスピリンは、炎症物質プロスタグランジンをつくる酵素シクロオキシゲナーゼ1阻害薬である。同時に胃腸の粘膜保護をするプロスタグランジン2をも阻害し、血小板も減少させ出血増加させる。

1915年に市販され、アメリカではちょっとした不快感や頭痛の気が予測されるだけで、現在のようにサプリ感覚のように気軽に飲まれていた。(1990年代は「アスピリンを一日一錠飲むと男性は心臓発作の予防になることが研究で証明された」というキャンペーンが行われたほどである。)が、大戦の前年にアスピリンの特許が切れ様々な商品名で大量流通使用量は中毒量(3~4g/1日)のさらに2倍以上(8~31.2g/1日)にもなり、服用方法は、副作用が出るまで増量し続け、副作用がでれば減量するというのが常識化していた。
副作用は、全身浮腫となり、細菌感染である肺水腫となったが、これは現在も非ステロイド系(NSAIDs)の典型的な副作用である。酷くなると重症肺炎で死亡する。

アメリカ医師会雑誌「JAMA」がスペイン風邪に治療用としてアスピリンを推奨し、民衆および特に軍隊では盛んに服用された。しかし、アスピリンを使うほど「治りが遅い」あるいは「死亡が多い」との印象が異口同音に語られていた。

特に決定的な状況証拠は、多く服用した若い兵士たちが、急性脳症、肝などの多臓器不全死亡したのである。これが弱毒性であるスペイン風邪での死亡原因であると指摘されている。

さらにKaren Starko博士の研究によってアスピリンによる死亡関係が明らかになった。一般市民の治療で、アスピリン不使用では575人中死亡は1人(0.17%)であったが、アスピリンが用いられた大学病院では294人中15人(5.1%)が死亡したとの報告があった。別の報告ではアスピリン不使用では1.05%、アスピリン使用で30%の死亡軍隊では、アスピリン不使用では死亡は3%未満、アスピリン使用で20%が死亡したとの報告がある。なお、アスピリンが死亡に関係した確率については、のちの動物実験や症例対照研究で、アスピリンと同類の非ステロイド(NSAIDs)の死亡危険のオッズ比とほぼ同等の死亡危険度であることから、アスピリン使用による寄与危険度はほぼ90%を超えると捉えることができる。

現在、世界の多くの研究によって、主に小児のインフルエンザもしくは水痘などのウイルス性疾患にたいしてアスピリン投与した場合、生命にもかかわる急性脳炎、肝臓の脂肪浸潤を引き起こすという「ライ症候群」が生じることが判明した。そうして、アスピリンの使用中止をすると、インフルエンザ脳症とライ病症候群が激減した。のちにアメリカ疾病予防管理センター (CDC)、アメリカの軍医総監、アメリカ小児科学会 (AAP)、アメリカ食品医薬品局 (FDA) は、19歳未満の子供の発熱時に、アスピリンおよびそれを含む製品を推奨しないことに決め、19歳未満のいかなる子供へのアスピリン投与も、市販薬ではなく医師による処方薬とするという使用制限を設けた。

2000年以前は、脳症の「症例死亡率」(死亡数/発症数)は約30%であり、このうちアスリピンなどの非ステロイド使用者の症例死亡率は52%から67%であった。

日本では1999年に旧厚生省が非ステロイド抗炎症剤系解熱剤の害を警告した。すでにそのころ日本は世界一、多剤大量薬服用する大国であったために、かつての抗炎症剤アセトアミノフェンすらも抗炎症作用がほとんど効かず、より強い非ステロイドのアスピリンの使用を止めても脳症はあまり減らず、むしろアスピリンよりもっと強烈な非ステロイド抗炎症剤(アセトアミノフェン以外)を使用していたためにもっと激しい脳症が流行した。

非ステロイド系は、鎮痛・解熱、高用量で抗炎症作用を示す薬物。
鎮痛の強さ= ジクロフェナクナトリウム(ボルタレンなど)≧ロキソフェナクナトリウム(ロキソニン)>インドメタシン>イブプロフェン>ポンタールアスピリン

警告によって、アスピリンよりも強い作用の薬(ボルタレンやポンタール)の使用が激減した結果、2000年以降は死亡する脳症が減少した。

(医療ジャーナリスト:アスピリンをいれると発熱浄化力は劣り、膿は各種リンパ節に滞留し、やがて頸や肩などもともと毒素集溜が多い場所に加わると、さらに強力な濃縮毒素となる。それらが生命維持装置で一旦溶解し出すと猛烈な排泄作用が起こり、体力旺盛な場合ほど体力摩耗激しくやがて排泄困難となり、また体力がない場合も排泄困難となりいずれも重症肺炎となり呼吸困難に陥る。同時に、アスピリン成分や化学反応してできた毒性のあるタンパク血しょうが腎臓を詰まらせ腎臓で尿処理できない分だけ、全身浮腫を起こすとともに、もし脳幹を突破した場合は重症脳症を引き起こすとも考えられる。)


補足 鳥インフル説

現在、保存していた遺伝子から動物試験し、動物が鳥インフルのような発症をしたことから、迅速に広まり強毒性があるとして、「鳥インフル」の可能性が大きいとも指摘されている。鳥インフルエンザの型は、H1〜H16、N1〜N9である。最も強毒性は「H5N1」型高病原性ウイルスである。
しかし、ヒトへの感染はH1〜H3、N1とN2であるが、鳥の「H5」は特別な例外を除いてヒトには通常感染しないとされている。なお、例え鳥ウイルスが「H1」でもヒトには原則的には感染しない。それは、ヒトと鳥のウイルスの型は立体異性体であるために粘膜の受容体への結合方法が異なるためである。しかしながら恐れているのは「ヒトに適応する突然変異」である。 


総論(医療ジャーナリスト): 当時の医師の歴史的観察によって、予防接種後がインフルエンザや結核など種々の病気を作って流行らせていったとする論説が少なくない。それは、予防接種医薬品によって作られた新たな強力な毒素にたいして、新たに強力な風邪ウイルスが生じたり、さらには薬剤耐性菌を生じさたりするものである。
肺病には、そうした毒素が時日を経て固まりきったところへ生命維持装置が働き、そうした固まった毒素への「発熱」という「毒素溶解体力」と、溶けた毒素を「セキ」という「排泄体力」の個人差がある。また「溶解力」はあっても「排泄力」までは体力が無い場合もある。このため発展途上国で死亡者が多かった理由は、先進国よりも医薬品が無く非常に健康である体にとって猛毒であった予防接種によって、一気に猛毒全てを発熱し排泄しようとして激しい体力消耗とともにやがて重症肺炎となり呼吸困難を起こしたためと思われる。一方当時の都会人は猛毒の全てを排泄しようとする力は無いため、それだけ発熱も排泄力も弱くなる。その証拠に、現代、医薬品が蔓延し甚だ毒塊人間となった現代人は、A型で何百何千万人が死亡するということは無い。その代わり、予防接種により天然痘が急増した歴史同様、様々悪質な病気の種類が増加していると言えるのではないだろうか。



 サイトカインとインフルエンザ真医学


 サイトカイン・・・白血球や骨の細胞などが異物侵入に反応して、サイトカインを分泌する。種々の免疫物質は細胞への免疫に関する種々の情報伝達物質であり、サイトカインとは免疫の働きをする情報伝達物質(たんぱく質でできている)の総称である。インターロイキン、インターフェロンなどがある。通常の状態では、以下のように毒物やウイルスの排除に伝令的に関与している。

 インターロイキン・・・マクロファージは異物(抗原、毒物)を捕らえて取り込み殺すときに、同時に、どんな異物であるかT細胞にサインを出と、T細胞はインターロイキン(IL-6)を伝令係としてB細胞に抗体生産を命じて、B細胞が抗体を生産し始める。充分量の抗体が出来上がるまでは何とかしないといけないので、マクロファージはインターロイキン(IL-6)を伝令係として、食菌作用をもった炎症性細胞である好中球に「来るよう」に命令して呼び寄せ、好中球が食菌する。インターロイキン(IL-6)は徐々にその役目を終え減少していくと考えられている。インターロイキンが増加するほどなぜか炎症が起きる

 インターフェロン・・・ウイルスは、自らの遺伝子を蛋白の殻で包んだだけの存在であり自らは分裂増殖できない。そのため生きている細胞(T、B細胞、マクロファージ、血管内皮細胞、骨芽細胞など多くのタイプの細胞)内に入り込み、自分の遺伝子を設計図として細胞に新たなウイルスを作らせる。これにたいして、インターフェロンは細胞に「ウイルスを作らないように」という伝令係をして、ウイルス増殖を止めさせる。また細胞に「腫瘍細胞を分裂させて作らないように」と止めさせる。


真医学を伝える医療ジャーナリスト: 

赤血球の毒素が老化白化して膿となり、白血球となっていく。さて、血中に化学合成物質や毒物が入ってきて、さらに赤血球にその毒素成分が入って毒血となっていく一方で、赤血球の2倍まで膨れることができる白血球は、まず最初は白血球の一種であるマクロファージがウイルスを包み込み、指令係のT細胞に性質を報告する。そして、マクロファージが包みきれないほどになったら、T細胞は自らから分泌したインターロイキンに「B細胞に、同種的な毒素でできた捕獲船(抗体)を産出させよ」と伝令する。それが抗体(かつては抗毒素と呼んだ)と推測できる。ウイルス自体が毒性があり、すべて自然界では毒はその毒に耐性をもった毒が処理する仕組みが基本であるからである。必要なものは体外には出ない。こうしてウイルスは尿たんぱくとして、尿や汗から痛苦なく出る。これが多くの未発症の者の抵抗力のメカニズムである。

一方、医学が始まって以来いまだ全容が解明できない発症のメカニズムはこうである。さらなる高度な研究機器の開発とともに専門家はぜひ臨床研究をされたいと望む次第である。ウイルスは毒を食す。あるウイルスが好む毒素が含まれている好中球などの白血球が集まっているリンパ線あたりに毒素が強固に固まりきっているときに、そのウイルスが体内にはいってくると、生命時装置が働く場合、その場所に体温を集めて毒素を発熱溶解(炎症作用)させる。そして、強毒性のウイルスは、赤血球の強毒を食することは稀であり、たいていは白血球の毒素を食すため、ウイルスは発熱溶解された白血球(膿)を食すために集まってくる。応じて白血球は、菌を処理しようとしてインターロイキンが増加していく。ウイルスは白血球中の毒素を食し、そして細胞を通じてどんどん増殖する。炎症ピークはウイルスが食す毒素を作るピークであり、それ以降は漸次食すべき毒素がなくなるに従って、インターフェロンは細胞にウイルス増殖をストップさせるとともに、ウイルス自らも次々と餓死し、その死んだ白血球ウイルスを処理するために抗体が増産されていき、下痢や嘔吐などで排泄されたりする。大きなタンパク質となった場合は、腎臓の毛細血管を炎症で破り、尿タンパクとなって排泄することが多い。
なお、花粉症も同じ原理であり、抗体が花粉や毒素といった抗原をキャッチして毒の固まりとなり、それが皮下のマスト細胞に着けば、毒で刺激されてヒスタミンを出し、くしゃみによって毒素排泄を行う自然治癒作用である。





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